epilogue『魔法世界にて』

「ひばな、二時の方角。100m先に駆逐対象が一体」

 私――夢現 氷華(ゆめうつつ ひばな)――は、その声に従い、まっすぐに左腕を伸ばし、人差し指を向けた。
 どうやら、この延長線上に、私たちの獲物がいるらしい。
 ……とはいえ、いくら目を凝らしたところで、私には『見えない』。
 無造作に、マーブルチョコレートをばらまいたような――ビビットで、ずっと見ていると目が痛くなるような――地面が広がっているだけだ。
 壁は存在しないが濃い霧が、まるで意思を持っているかのように動く。風は吹いていない。
 視認性が良いとは言えない、この素敵でふざけたパーティー会場は……『魔法世界』と呼ばれている。

 魔法世界。
 それは、人間の世界の裏側だとか、交わることがないはずの平行世界だとか、別次元だとか、人間の心を映し出す鏡だとか、俺の嫁に会いに行ける唯一の手段だとか(おっと、これは違った)、学者たちの間では様々な憶測が飛び交っているが、結局のところ、詳しいことはよくわかっていない。
 なんせ、人間が自由に魔法世界に行く手段がないのだ。そりゃあ、調査が進まない。
 でも、私はそのわけがわからない世界で……命がけで戦っている。

「ひーばなー? 準備出来たー? ねえ? ねえってばー」

 ……せっかく私がシリアスな前語りをして、あたかもこれから、重く、殺伐として、救いなんてない、鬱展開のバトル的ななにかが待っているかのような雰囲気作りをしていたのに。
 それを台無しにする、全く気合が入っていない声が背後から聞こえた。
 冒頭で私に指示を出した声の主であり、私の先輩かつ世話役でもある、鏡 麒麟(かがみ きりん)先輩だ。
 振り向いたところで、諸事情により先輩の姿は見えないため、私は前を向いたまま答える。

「鏡先輩……私、これでも初陣なんですけど……せっかくの良い緊張感を台無しにしないでください」

「はー? 緊張なんてするだけ損だよ。お釣りをもらって、商品を忘れるぐらい損だよ! それに初めては力を抜いてたほうが、痛くないって聞くよ?」

「なんの話ですかっ!」

『見えない』のはわかっているけれど、それでも思わず後ろを振り返ってしまう。その勢いで、私のツインテールがしなり、ペシッとなにかに当たる音。よし。

「いたっ! ひばな、なんか謎の攻撃を受けたんだけど! でもそのあとにちょっといい匂いが……」

「知りませんよっ!」

 もう一度、振り返った時と同じ勢いで正面を向きなおす。

「いてっ!」

2ヒット。
 可能であれば、振り向きざまに水平チョップを食らわせてやりたいところだけれど、方向を指している左手は下げることができないし、右手は現在、使用することができない。
 別に右腕を骨折して、吊っているわけではなく、改造手術により銃になっているわけでもなく、触れるものみな傷つけるわけでもなく……単純に手をつないでいるのだ。
 もちろん、その相手は鏡先輩ではないことは、声高々に強調しておきたい。

「ふ、二人とも、静かにしないと気づかれちゃいますよ……」

 周囲に漂っている霧に同化してしまうような、頼りなくか細い声。
 それでも勇気を振り絞って、私と麒麟先輩をたしなめた彼女こそが、私の大切な親友であり、手をつないでいる相手――泡沫 花火(うたかた はなび)――だ。
 私と花火は、ともに今回が初陣だが、緊張で普段よりも集中力が増している私とは逆に、花火はこの魔法世界に入ってからずっとガチガチに固まってしまっている。
 あまりに固くなりすぎて、この世界に来てからの記念すべき第一歩目が、両足同時になっていた時は、萌え……いや、さすがにヤバいとは思った。
 さっきも言ったが、私たちは命がけなのだ。とっさの判断が、生死を左右してしまう。
 麒麟先輩が駆逐対象を発見してからは、緊張に恐怖と不安がトッピングされ、花火の体が震えていることが繋いだ手を通じて伝わっていた。
 当然、それは花火の『体に触れている』鏡先輩も知っていたはずで、だからこそ、あの軽口……だったと思いたい。
 だからこそ、私も少しだけ過剰気味に鏡先輩に対応したつもりだ。
 まさか、普段から尊敬すべき鏡先輩に、水平チョップを食らわせたいなどと、思ッテイルワケナイデショ。
 まあ、鏡先輩の思惑はどうであれ、口数がゼロだった状態から、私たち二人に対して、ツッコミを入れることができる程度には回復したのは良いことだ。
 当然のごとく、諸事情により、姿が見えない花火にむかって、私と鏡先輩は「ごめんごめん」と謝った。
 ついでに、私がつないだ手をギュッと強く握ると、花火も握り返してくれた。

さて、親友、泡沫花火がこの話に登場したことによって、ようやく、諸事情で済ませていた、姿が見えない理由と、私と花火が手をつないでいる理由の説明ができる。

 お互い姿が見えていない理由は、一言でいうと、花火の『魔法』の影響だ。
 魔法。
 人知を超えた能力。
 この場にいる私たち3人は、それぞれが異なる魔法が使える、いわゆる、魔法使いだ。
 いや、今回はこの場に少女しかいないことだし、魔法少女と言った方が食いつきが良い気がする。
 もっとも、私たちには

Magic Attack Children.

 略して『まぢちる』という正式名称があるので、今後は男女問わず、そう呼ばせてもらうことにするけれども。

 私たちが魔法を使える『まぢちる』だということを明かしたところで、花火が使っている魔法の説明をしておこう。
 簡単に言うと、『自分と、自分に触れているものを透明にする魔法』というものだ。
 だから、私は花火と手をつないでいるし(おっと、百合的な意味で無くて残念がる必要はない。私的には半分はそういう意味もある)、鏡先輩は花火の体に触れている。
 透明になっている間は、お互いの姿も見えない。
 だって透明だから。
 うわぁ、なんだこれ、すごく頭が悪い説明をしている気がする。
 でも、花火に触れている間しか透明になれないという条件があることで、はぐれてしまい、互いを見失うなんてことはないし、それに合法的に花火に触れることができる。
 さらに、透明になることで、駆逐対象に気づかれることなく、安全に接近し、ほぼ無抵抗で倒すことができる。
 なんと便利な魔法だろうか。素晴らしすぎる。無敵だ。さすが私の親友。
 ……とはいえ、残念ながら、デメリットもある。
 それは、透明になっている間は『他の生物も見えなくなる』というもの。
 つまり、花火の魔法の影響がないはずの、透明にはなっていない生物が、見えなくなるのだ。
 私たちまぢちるが使えるのは、万能でなく、不完全な魔法。
 身も心も未熟な子どもだから。
 なんだかそう突きつけられているようで、少し腹立たしい。
 まあ、それを嘆いたところでしかたがないので、受け入れるしかないのだけれど……

 さて、花火の魔法を説明したけれども、お気づきだろうか?
 透明になっているにも関わらず、見えないにも関わらず、鏡先輩が明確に、駆逐対象の位置を私に教えてくれたことを。
 そう、それが鏡先輩の魔法。

 サーモグラフィ。

 周囲100mの熱を感知することができる。
 それが鏡先輩の魔法……とだけ、私は聞いている。
 聞いているが、信じてはいない。
 鏡先輩が……
 『最初に魔法世界に行った5人のまぢちるの中で、唯一、生き残った』
 鏡先輩の魔法が、そんな後方支援専門みたいな魔法であるはずがない。
 そもそも、鏡先輩の魔法にデメリットすら存在しないのはおかしい。
 と、疑いたくもなるけれど、本人がそう言い張る以上は、私も詮索はしないけどね。
 おっと。話が鏡先輩のせいでそれそうになったので、本筋に戻すと、とにかく『見えない』ものが、鏡先輩にだけは見えているってことだ。
 つまり、花火の魔法は、鏡先輩がいることで、完全になる。
 そして鏡先輩も、花火の魔法のお陰で、安全に発動できる。
 二人の相性は抜群だ。
 ……花火の相手が私じゃないことが、少しだけ……いや、非常に不服ではあるけれども。

 そんな二人の魔法を使って、正面から攻めるという選択肢なんて、ありえるわけがない。
 当然、奇襲だ。
 さらに言えば、より安全性を高めるために、遠距離から奇襲。
 そうなると、必然的に残った私が、遠距離攻撃用の魔法を使えると推測するのは容易い。
 ここまで長々と、用語の説明をしてしまったので、飽きてきたことだろう。
 私だって、つまらない。
 そろそろシリアスなバトルパートに移行するとしますか。
 と、思ったのだけど……
 私は今、鏡先輩の指示に従って、左手で駆逐対象を指さしているはずなんだけど……

「……鏡先輩、二時の方角って、どっちですか?」

「はあ?」

「なんか鏡先輩が、それっぽい指示をしてきたから、ノリで従ったんですけど……よく考えたら、二時ってわけわからなくないですか?」

「いや、私が向いてる方向を十二時として、二時だよ」

「……鏡先輩の姿、見えてないんですけど」

「あ、そっか。いやー、うっかり。テヘペロ」

「……たぶんイラっと来る表情をしているんでしょうね。顔が見えなくてよかったです」

「それはよかったな。このテヘペロ美少女フェイスを見ると、惚れちゃうぞ☆ 痛っ!」

 私の肘鉄が、鏡先輩の体のどこか柔らかい部分(胸のはずがないので、お腹だろう)に無事命中した。
 シリアスブレイカーな鏡先輩のせいで、バトルパートへの移行に失敗してしてしまったことをここにお詫び申し上げます。マジごめん。
 私は一刻も早く、対象を駆逐して、隣でガタガタと震えている花火を、ここから連れ出してあげたいのに。
 ほら、花火がさっきよりも大きく体を震わせて……
 ん? ちょっと大きすぎる気が……あれ、これは……

「あはははっ! ごめんなさいっ! 笑っちゃダメだって我慢してたんですけど、あはははははっ! テヘペロって……ふふふふふ……」

 なんということでしょう。
 つい先ほど、私と鏡先輩を注意していた花火が、この場の誰よりも大きな声で笑っているではないか。
 別にいいんだけどね、緊張もほぐれるだろうし。
 でも、テヘペロってワードにそんな破壊力があるとは……
 たしかに、花火はカステラを見て、「黄色と茶色のフワフワが可愛い!」と目を輝かせるような、少しズレた感性の持ち主ではあるけれど、ここまでツボにハマるのは珍しい。
 鏡先輩だって、

「い、今のそんなに面白かった?」

 と、戸惑ってしまっている。
 とにかく、まずは花火を落ちつかることが最優先だ。
 こんなに騒いでいては、いくら姿が見えないとはいえ、見つかってしまう可能性がある。
 しかし、しかしだ。
 『テヘペロ』という武器を手に入れてしまった私の悪戯心が、少しだけ働いてしまう。

「……花火」

「ひ、ひーちゃん、ふふふ……ご、ごめん! ちょ、ちょっと待ってね!」

「……テヘペロ」

「っっっ!!!」

 それから花火が呼吸困難と腹痛を訴えるまでの10分程、私と鏡先輩は悪乗りしてしまったことを報告します。
 あれ、私たち、ここに何しに来たんだっけ?

「ほら、二人とも、緊張感がなさすぎるよ?」

 私たちの緊張感をうばったのは鏡先輩のはずだけど……きっと自分のことは超低い棚にでもあげちゃったんだろう。もしくはスライド収納。
 しかし、この弛緩しきった空気が危ういのは確かだ。
 鏡先輩と花火の魔法で、極限まで安全性を上げているとはいえ、油断はミスを生む。
 私たちにとっては一度のミスが、取り返しのつかない事態になるのは間違いない。
 だけど……

「……すみません」

「す、すみません!」

 やっぱり私たちが謝るのは、腑に落ちない……が、しかたない。
 これが上下関係というものなのだ。
 私たち下っ端は、上司の命令通りに、与えられた仕事をこなすことが最優先。
 というわけで、早くこの任務を終わらせてしまおう。
 残業なんてまっぴらごめんだ。
 結局、『二時の方角』問題は、鏡先輩に私の腕を持ってもらい、駆逐対象の方へと向けてもらうことで、解決した。
 ……最初からそうしてほしかった。

「……いきます」

 指の先、100m。見えないけれど、そこいるはずの駆逐対象を、私はにらみつける。
 失敗は、許されない。

「やれ」

 鏡先輩が私の背中を軽く押す。

「ひーちゃん、がんばって」

 花火が私の手を強く握る。
 私もそれにこたえるように、握り返した。
 大丈夫、二人がいる。
 それだけで、私は無敵になれる。
 ここからは、私が二人を守る。

「……いきます」

 私は左手の指先に神経を集中させて、一度大きく深呼吸をする。

「いらない、いらない、必要ない、必要ない」

 もう一度、私は繰り返す。

「いらない、いらない、必要ない、必要ない」

 指先から、小さなシャボン玉がひとつ、膨らんでいく。
 割らないように慎重に、息を吹き込むかわりに、少しずつ魔力を込めていく。
 私はこの感覚が、たまらなく好きだ。

「いらない、いらない、必要ない、必要ない」

 うまく言えないけれど、イライラとか、ムカムカとか、あとは悲しかったり辛かったり、そういうマイナスの感情や経験は、月日が流れても完全に消えることはなくて、ずっと毒として自分の中に蓄積されていく、と私は思っている。
 そして、毒の致死量は、ひとりひとり異なっているのだ。
 だからたくさんの毒を体内に溜めたまま、人生をまっとうする人もいれば、毒に耐えられずに死ぬ人もいる。
 そんな毒を、私は指先から、シャボン玉として排出しているような気がしている。

「いらない、いらない、必要ない、必要ない」

 だからいつも、気持ちよくてたまらない。
 人は体を綺麗にするためにお風呂に入る。
 じゃあ、心を綺麗にするには?

「嫌なこと、必要ないものを……」

 だから、私はこの魔法を使う。
 花火や鏡先輩のそばにいるために。
 二人に触れても汚さないために。
 そして、自分が死なないために。

「私は……消し去りたい!」

 ゆっくりと、シャボン玉が指先から離れて、宙を漂い出す。
 その瞬間、全身を内側からそっと撫でられているような、ゾクゾクッとした快感が体を駆け巡る。
 頭がポワンとして、一つのことしか考えられない。それは、ただただ、『気持ちいい』。
 足に力が入らずに、その場に崩れ落ちそうになる。
 やばい、倒れ……

「おっと!」

 そんな私を、鏡先輩が片手で軽々と抱きとめてくれた。
 肩で息をする私に、花火も「ひぃちゃん、大丈夫?」と声をかけてくれる。心なしか、私の手を握る力も強い。
 ちょっと待って! 今の私に刺激を与えないで!
 そんな私の心の叫びが、善意しかない二人に伝わるはずもない。
 だれもテレパシーの魔法なんて使えない。いや、誰も使えなくてよかった。
 息を荒げて小刻みに震えている私を心配してだろう、鏡先輩が優しく背中をさすりやがってくださった。ひぃっ!
 この私の体質……つまり魔法を使うとなんかヤバくなる(ここは私の名誉のために誤魔化させてもらう)ことは、鏡先輩と花火には秘密にしている。
 なぜなら……変態っぽいじゃん?
 だから二人は、私の魔法は『魔力や体力の消耗がハンパない』と思っているはずだ。
 ちょっとだけ、罪悪感。
 さて、そんなことを考えているうちに、ずいぶん息も整ってきた。

「ありがとうございます」

 そう答えて、私は立ち上がり、自分が放った魔法の行方を探す。
 無色透明かつ、握りこぶし程度の大きさのシャボン玉を、このカラフルな魔法世界で探すのは難しい。
 だけどそこはご都合主義というか、なんとなくわかる。自分の魔法だからかもしれない。
 順調に駆逐対象の方へ近づいているようだ。
 距離はあと50mといったところか。
 それにしても遅い。私の魔法は、とにかく遅い。
 シャボン玉なので、見えにくく、そして追尾性能もある。
 だが、速度の遅さゆえに、もし気づかれてしまうと簡単に避けられてしまう。
 というか、動くものに命中させることが極めて難しい、ゆえの奇襲。
 当たりさえすれば、それでいい。それで終わる。

残り20m。

 さて、この距離なら、もう隠れる必要もないだろう。
 私は花火と繋いだ手を、名残惜しいけれど振りほどいて、一歩前に進む。
 すると当然、透明化魔法の影響がなくなり、二時の方向、100m先にいる駆逐対象を視認できるようになった。
 青くてドロドロとしたスライムのような、一つ目のバケモノが私の目に映る。
 この『魔法世界』と呼ばれる空間に生息する生物で、多種多様な姿をしているが、私たちはこれをひとまとめにして『魔獣』と呼んでいるそれは、知能は低いが凶暴で……

 ――人間を食す。

 少し前に、人間が自由に魔法世界へ行く手段がないと言ったけども、それならどうやって私たち三人が魔法世界に来たのか。
 その答えは、この『魔獣』が生み出す『歪(ひずみ)』を通ってだ。
 『歪』は、私たちの世界と魔法世界の間を繋ぐワープゾーンと説明するのが、一番わかりやすいと思う。
 二つの世界の間にある壁を、無理やりハンマーで壊したような形をした、空間に突如出現する穴。
 それが『歪』。
 魔獣が人間を捕食するために開くトビラ。
 つまり、そのトビラが開いたということは、魔獣に狙われ捕食された人間がいるというわけで……
 こういうとき、遠距離攻撃型の魔法でよかったと思う。
 魔獣の近くに転がっているであろう、『人だったもの』の欠片は見たくない。

 残り10m。
 ギョロリ、と、魔獣の大きな目が動き、私の姿を見つけたようだ。
 突然現れたエサに驚くこともなく、本能のまま一直線に、私へと向かってくる。
 それはつまり、自ら魔法に当たりに来てくれたわけで……

 シャボン玉が魔獣に触れて、割れて、消えた。

 魔獣とともに。音もなく。衝撃もなく。

 『触れたものを消滅させる』

 単純だけど最強の魔法。
 私の心の毒と一緒に、私に必要ないものも消してくれる最高の魔法。

「……ミッションコンプリート、です」

 私が振り返ると、花火が魔法を解除して

「なんで手を離したの! 危険だよ!」

 と、私に詰め寄ってきた。
 意図して膨らませた頬と、涙目で押しつけられた胸に実った二つのたわわなメロンの圧力に負けた私は「ごめんね」と一言謝る。
 それだけで花火はにっこりと笑顔になってくれた。ちょろい。

「オッケー、オッケー。任務はおしまーい! さあ帰ろう」

 すでに歩き出していた鏡先輩を、慌てて私は追いかける。

 花火と手を繋ぎなおして。

「今度は離したらだめだよ?」

 今は魔法を使っているわけではない。
 離れても見失うことは無い。
 だけど強く手を握りしめてくる花火に

「わかった」

 と私も強く握り返した。

 これは私と親友と先輩のお話。

 例えば。
 鏡先輩の元で、切磋琢磨しあう熱血青春ストーリー。

 例えば。
 私と花火が今日あったことを話すだけの脱力系日常物。

 例えば。
 禁断の愛に目覚めちゃったりするラブコメ。

 例えば。
 人間を襲う魔獣と、魔法の力で戦う子どもたち。

 Magic
 Attack
 Children

 略して『まぢちる』になる前の過去の話。

 まぢちる Before

 つまり、まぢちるB!

 なんて、出来る限り面白おかしく書いてみたんだけど、死んだ鏡先輩と、行方不明の花火のことを思うと、とても笑えない。
 三年前の『ファッションセンターいまむら支部』の火災以降、魔獣が大量に現れるようになった。
 多くの人々や仲間が血を流して死んでいった。

 だからこれはBLOODのBかもしれない。

 『いまむら支部』に所属していたまぢちる数名の死体が焼け跡から見つかったが、そこに花火の死体はなかった。
 だから行方不明という扱いではあるが、生存は絶望的だろう。
 戦闘向きではない花火の魔法のことを考えて、危険が少ない後方支援部隊への所属を進めたのは私だ。
 花火は最後まで私と一緒に攻撃部隊へ行くと言ってくれたが、それを受け入れ、私が守るべきだった。
 花火の手を、離すべきではなかった。
 花火と離れてから、私の心にはどんどん毒が溜まっていった。
 どれだけ魔法を使っても、無くなることがなく、私の中身は毒で黒く、黒く塗りつぶされていった。

 だからこれはBLACKのBかもしれない。

 結局、どれだけ過去を懐かしんでも、現実は変わることがない。やりなおすことはできない。ただ、最悪の今というオチにたどり着くだけだ。

 だからこれはBAD STORYのBかもしれない。

 一週間後、人間は魔法世界へも戦争を仕掛ける。
 私は最強のまぢちるとして、臨まなければならない。
 正直、花火がいない世界なんて、私には「いらない、必要ない」のだが。
 だがそれ以上に、私から花火を奪った魔法世界そのものを「私は、消し去りたい」。
 残された時間で、どれだけ書けるかわからないが、それでも花火と私がいた証を残しておこうと思う。
 私が、消滅する前に。
 そして鏡先輩や、他の交流があった攻撃部隊のまぢちるたちのことも、できる限り残そう。
 犠牲となった彼らの記録は、消滅させてはいけない。
 それができるのは、もう私以外いないのだから。

 願わくば、戦争が終わった時、これを読んでいるあなたが、人間でありますように。